
菊間緑の広場公園総合体育館にある巨大な鬼瓦。愛媛県武道館にも同じものがあります。
5月になると口ずさむ
あの歌詞の意味とは…
「甍(いらか)の波と 雲の波」
童謡「鯉のぼり」の歌い出しにある「いらか」とは、瓦ぶきの屋根のこと。白波のように光り連なる屋根瓦の海を悠々と泳ぐ鯉のぼりの姿を描いています。瓦の屋根が続く町並みは、日本の原風景のひとつではないでしょうか。
今治市菊間町は長い歴史を持つ瓦の産地です。起源はなんと約750年前の鎌倉時代まで遡り、後の織田信長の時代には、安土城を築くために中国から来た瓦工が菊間を訪れ、木型製法を伝えたそう。瓦に適した良質な土がとれ、雨が少なく温暖な気候は瓦を乾燥させやすく、近くの山には窯を炊く薪があり、全国へ運搬ルートを繋ぐ海も目の前。そんな土地柄にも恵まれて、丈夫で美しい菊間瓦は全国に知られる名品に成長しました。今も町の海岸沿いを行けば瓦の製造所の看板が並ぶのが見えます。

大量生産が難しいものは成形から1枚ずつ手作業。名品は職人さんたちの技があってこそ
時間をかけて作るから
時間が経っても色あせない
大正4年創業の「オチ新瓦産業株式会社」の越智さんに、詳しく教えてもらいました。
菊間瓦といえば「いぶし銀」。釉薬や塗料を使わず光沢のある深い銀色に仕上げます。
実は瓦の原料は茶色い土で、普通に焼くと素焼きの植木鉢のようなオレンジ色になりますが、高温で焼き、空気を遮断して煙でいぶすことで、あの銀色になるのだそうです。
原料の土は、混ぜ合わせた後しばらく「ねかし」の状態にします。土が落ち着いたら成形に入りますが、機械では表現できない形の瓦は一枚ずつ手作業です。プレスし、細部を整え、表面を磨き、乾燥させてやっと窯入れ。成形から検査を経て出荷するまでに約2週間、土を作るところから含めると約1ヶ月もかかるのです。

職人さんの道具の多くが昔ながらの木製。「木は土離れがいいんです。昔の人の知恵ですね」
瓦は日本建築の優等生
これまでも、これからも
ところで、長さの単位は一般的にメートル法が使われますが、日本にはかつて「尺貫(しゃっかん)法」という独自の単位がありました。現在でもいわゆる日本建築ではこれが生きていて、菊間瓦は尺貫法で設計された屋根を美しく見せることができるサイズなのだそうです。垂木(たるき:屋根板を支えるために等間隔に渡す木)が並ぶ幅にぴったり合わせて瓦を並べられるのだとか。日本の伝統美に深く結びついている瓦なのですね。
「瓦は優等生ですよ」と越智さん。「新しいものは数年経つと材料や技術の変化で廃盤になることもありますが、750年続いてきた菊間瓦は、この先もずっと同じものを作り続けることができます」。長い歴史に裏打ちされた頼もしさを感じます!

菊間瓦をタイルにした「菊貞タイル」。光るいぶし銀がモダンな雰囲気に
見て、触れて、使って
瓦の可能性は無限大
続いて、「瓦をもっと身近に生活の中へ」と新たな道を開拓する「小泉製瓦有限会社」を訪ねました。
300年以上続く瓦業の現在10代目当主の小泉さんは、代々の屋根瓦づくりを継承しながら、同時にその技術を活用した工芸品を「菊貞」の屋号で製造販売しています。
始まりは家族が遊び心で作った干支の小さなオブジェだったそう。その後、コースターや食器、タイルなど、はっとするような視点で作られたアイデア商品が次々に登場。瓦素材ならではの「和」の風情に「洋」のテイストが加わり、和風、洋風、どんなインテリアや食卓にも合わせられそうです。一輪挿しや苔盆栽など、植物との組み合わせもしっくり馴染みます。

食器類は吸水率をおさえるために、通常の瓦より高い温度で焼き締めるそう
小泉さんの頭の中には、どんどんアイデアがあふれ出し、さまざまな県産品や企業、店舗などとのコラボレーションも実現しています。
例えば酒造会社と一緒に、瓦素材の酒器とお酒のセット商品を企画。「この器で飲むとお酒の味がまろやかに感じられる」という声が多いそうです。
屋根瓦は近くで見たり手で触れたりする機会はめったにありませんが、こうして家の中にあれば愛着が湧き、瓦の良さを見直すきっかけになります。
「瓦への間口を広げられればと思っています。瓦に親しんでもらって、本来の用途である屋根瓦の需要をもっと増やしたいです」と小泉さん。
「いらかの波」が続く町の景色が全国のたくさんの場所で見られるといいですね。
菊間瓦は全国で活躍中!

あんなところ、こんなところで、日本の屋根を守っています
長い歴史を持つ菊間瓦。昔も今も、愛媛県内はもとより、全国の屋根の上で強く美しく建物を守っています。
県内では松山城や道後温泉の屋根にも使われ、県外では古くは御用瓦、つまり、皇居の屋根に使う瓦として納められたことも。1818(文化15/文政1)年には京都御所御営繕に、1883(明治19)年には皇居御造営に菊間瓦を献上しました。
現在も全国で古い神社仏閣を修理する際、瓦に「菊間瓦」の刻印があると、同じものを作ってほしいと依頼があるそう。瓦の屋根の一般住宅は減ってはいるものの、やはり県外からの注文もあるそうです。
いつの世もどの場所でも、本当に良いものはこうして求められ、受け継がれ広がって行くのですね。
(2021年2月)
