
地域を愛し、地域に愛される
坊っちゃん劇場の魅力
これまで100万人以上の人が足を運んだ「坊っちゃん劇場」は、人口3万5千人の小さな町、東温市にあります。設立は2005(平成17)年、当時食品関連企業の会長をしていた宮内政三氏が、秋田県の劇団「わらび座」のミュージカルに感激したことから始まりました。当時79歳だった宮内会長が、最後の社会貢献として文化振興の事業を開始したのです。「坊っちゃん劇場」の特徴は、四国や瀬戸内を題材とした自主制作の作品と、1年間というロングラン公演。オリジナル作品で1年間公演を行う劇場は、日本で唯一だそうです。しかし、このような小さな町に、なぜこれだけの劇場が存在し続けることができるのでしょうか?

2020(令和2)年4月から支配人として働き始めた金村さん。ミュージカルのクオリティーの高さに驚いたそう。
その秘密を探るために「坊っちゃん劇場」支配人の金村さんにお話を伺いました。初めは、このような地方で劇場が成立し、しかも1年というロングラン公演が可能なことが信じられなかったと話す金村さん。それを可能にしているのは、多くの観客が団体で観に来てくださるからのようです。「地元のファンの人たちに支えてもらっているのはもちろんのこと、県内の小中高の学生や高齢者施設、企業といった団体客の動員力は、劇場にとって大きな力となっています。多くの人が観劇してくれるというのは、やはり作品が素晴らしいからなのです」。作品が魅力的だからこそ、人が人を呼び、100万人という観客動員数につながっているのですね。

制作協力や演技指導を行い、東温市民と一緒につくり上げた市民ミュージカル。
坊っちゃん劇場で演じている役者は、東京で行うオーディションで選ばれた精鋭揃い。1年間演じるにあたり、こちらで生活をしながら舞台に立っています。坊っちゃん劇場には「アウトリーチ事業部」という組織があり、地域に出向く出張公演、市民参加型のミュージカルの制作や企業研修も行っています。都会で役者をして生活をするというと、芽が出るまでは生計を立てるのが難しいというイメージもありますが、ここでは役者はきちんと社員として雇用されます。そして役者の演技スキルを活用した「コミュニケーション能力向上研修」など、役者にしかできないアプローチで地域の人とも交流しています。

2013(平成25)年に東温市の観光大使第一号となった神(じん)さん。劇場や役者の知名度向上のためにも尽力。
「表」と「裏」で作り上げる
ここでしかできない観劇
「坊っちゃん劇場」について、役者さんはどう思っているのでしょう?現在公開中の「鬼の鎮魂歌(レクイエム)」でメインキャストとして温羅(うら)を演じている俳優の神敏将(じんとしゆき)さんにお話を伺いました。「初めて坊っちゃん劇場で演技をしたのは11年前。信頼する脚本家の先生に声をかけてもらったのが最初です。当時は地元でも知名度がなく、温泉の近くにあることから大衆演劇と勘違いして来る人も(笑)。ただ、それから確実にファンが増え、オリジナル作品も増えることで地域での存在感が増しているように思います。今後は、坊っちゃん劇場を拠点に四国瀬戸内地方のエンターテインメントが集結したら、さらに面白くなると思います」と第一線で活躍されている役者さんからも、お墨付き!

舞台セットを動かす渡辺さん。セットは1年間のロングランに耐えられる作りでなくてはなりません。
大道具の渡辺さんは、福島県から愛媛県に移住しました。「普通の劇場では、セットや道具は2週間ほど耐えればいいのですが、ここではそうはいきません。また、僕以外の舞台部はみんな愛媛の人なのですが、仕事が丁寧で驚きました。舞台で少し変な音がした時に、音響さんに伝えると『まぁ、大丈夫でしょう』では終わらせません。音が僕の勘違いの場合もあると思うのですが、全てチェックします。『セットに異常がないことが大事。勘違いで済めばそれが一番』というわけです」。
舞台の「表」の人も「裏」の人も一丸となり、常に全員が全身全霊を傾けて、地域のために良い作品を届けたいという一途な思いのもと、坊っちゃん劇場は運営されているのです。これからさらに、坊っちゃん劇場は飛躍するに違いありません。楽しみですね!
子どもたちに本物の芸術を

愛媛県内の学生の観劇は、地域の人からのプレゼント?!
愛媛県の子ども達は、高校を卒業するまでに平均すると2回、坊っちゃん劇場に足を運ぶ機会があります。それには、坊っちゃん劇場の作品が素晴らしく、子どもの情操教育に役立てたいという教育関係者の想いはもちろん、「子ども舞台芸術体験サポートシステム後援会」が大きく役立っています。法人や個人、団体会員が支払う年会費を、学校単位で観劇するための交通費の補助として利用することで、東温市から遠い地域に住む子どもたちの観劇を可能にしています。地域の人からのプレゼントともいえるサポートシステムのおかげで、多くの子どもが本物の芸術に出会えるのです。坊っちゃん劇場では、素晴らしい作品だけではなく人の優しさにも出会えるのですね。
(2020年11月)
http://www.botchan.co.jp
